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東京高等裁判所 昭和30年(う)418号 判決 1955年6月08日

控訴人 被告人 保泉保治 外二名

弁護人 深田養一 外一名

検察官 吉井武夫

主文

被告人保泉に関する原判決を破棄する。

被告人保泉を懲役三年に処する。

被告人保泉に対し当審昭和三十年(う)第四一八号事件の原審における未決勾留日数中九十日を右本刑に算入する。

押収に係る受理証一通(東京高等裁判所昭和三十年押第一五四号の一)パンフレット一綴(前同押号の一六)を被告人保泉から没収する。

当審の訴訟費用は被告人保泉の負担とする。

被告人長峯同大河原の本件控訴をいずれも棄却する。

理由

本件控訴の趣旨は末尾添附の被告人保泉の弁護人深田養一、被告人保泉本人の当庁昭和三十年(う)第四一八号同第四一九号被告事件につき夫々差し出した控訴趣意書(以下前者を第一、後者を第二控訴趣意書と略称する)、被告人長峯の弁護人清水胤治、被告人大河原本人の夫々差し出した各控訴趣意書記載のとおりである。

被告人保泉の弁護人深田養一の第一控訴趣意書第二点について

原判決の挙示する証拠の標目を綜合すれば被告人保泉が原判示日時頃行使の目的をもつて原判示高崎タイプライター株式会社社長市川茂男に依頼して関東財務局前橋出張所作成名義の昭和二十七年十一月二十九日附「受理証第百四十二号貸金業等取締法第十三条に基き日興開発株式会社の届出書式を受理する」旨の文書数通をタイプ印刷させた上、その頃原判示場所において右文書中の一通に関東財務局前橋出張所名下に謄写版原紙を使用して関東財務局前橋出張所という角型印影を顕出し、右文書の上部に有合せの契印を押捺し、もつて偽造した公務所の印章を使用した公務所たる関東財務局前橋財務部の作成すべき貸金業の届出を受理する旨の公文書一通の偽造を遂げた上、原判示日時場所においてあたかもこれを真正に成立したもののように装つて相被告人長峯に交付して行使したことを認めるに十分である。論旨は関東財務局前橋出張所なる公務所は存在しないのであるから、かかるものの作成名義並びにその印章を使用したからとて公文書偽造罪は成立しないと主張するのであるが、公文書偽造罪は実在する公務所又は公務員の作成すべき文書または図画を偽造する場合のみならず一般人をして実在する公務所又は公務員の作成すべき文書または図画であると誤信せしめるようなものを偽造する場合においても成立するものと解すべきであるところ(昭和十九年二月二十二日大審院第二刑事部判決参照)関東財務局前橋財務部という公務所の存在することは本件記録に徴し明白であり、同財務部長が貸金業等の取締に関する法律第十七条第四条等により同法第三条第四条による貸金業を行おうとする者から届出書が提出された場合には所定の事項を調査したうえ、その届出書を受理したときはその届出をした者に届出受理書を交付しなければならない職責があるのであるから原判示関東財務局前橋出張所作成名義の昭和二十七年十一月二十九日附「受理証第百四十二号貸金業等取締法第十三条に基き日興開発株式会社の届出書式を受理する」旨の書面はその形式、外観によつても一般人をして実在する公務所たる関東財務局前橋財務部がその職務権限内において作成した公文書であると誤信せしめるに足るものであるから、前記名義を冐用して原判示届出受理書を偽造した所為が公文書偽造罪を構成することはいうまでもない。また論旨は前記書面は貸金業等取締法第十三条に基き云々と記載されているけれども右の法条は貸金業者に対する業務の停止に関するものであつて貸金業を行おうとする者の届出に関するものではないからこれをもつて偽造公文書ということはできないと主張するからこの点について考えてみるのに、なるほど貸金業を行おうとする者の届出及び届出の受理に関する法条は前記法律第三条第四条であり、同法第十三条は業務の停止に関する法条であることは論旨の指摘するとおりであるが、右書面の骨子は貸金業等取締法に基き日興開発株式会社の届出を受理したとの点にあり、たとい同法第十三条とあるのは誤りであるとしても一般人をして右文書は関東財務局前橋財務部がその権限内において日興開発株式会社の貸金業を営むことを承認してその届出を受理してこれを作成したものと信ぜしむるに足る形式外観を具えているものであることは否定できない。更に論旨は本件犯罪行為の実体は一時掛、日掛、月掛等預金の受入を目的とする業務に関するものであるから右の文書が預金業務免許に関するものならば大衆を信用させるに足りるものであろうが、貸金業免許の文書では何ら利用価値がなく紙屑に等しいものであるから本件においては公文書偽造罪は成立しないと主張するのであるが公文書偽造罪の成立には公文書の公信力を侵害する危険を生ずれば足りるのであり、その主観的利用価値の大小の如きにはなんらかかわらないのであるから所論は到底採用できない。従つて原審が被告人の所為に対し公文書偽造罪をもつて問擬していることは相当であり、所論の如き擬律錯誤の違法は存しないから論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 中村光三 判事 脇田忠 判事 鈴木重光)

弁護人深田養一の控訴趣意

第二点本判決中公文書偽造同行使の罪は左の理由を以て成立しないものと認めるから、刑事訴訟法第三百八十条の所謂法の適用に誤があるものと断ずる。

即ち本判決は罪とならざるものを罪ありとして裁断したものであるから、判決に影響を及ぼすものと言はねばならぬ。

(1)  判決理由中「貸金業等取締法第十三条に基く届出書」とあるも同法第十三条は業務停止の条項で、営業免許の条項ではない、又関東財務局前橋出張所と云う官庁は全々存在しない、存在しない官庁の印章を使用しても犯罪の対象とはなり難い。右文書が公文書としても貸金業免許を証明する文書ではない。百歩を譲つて之を仮りに貸金業の免許とするも、本判決に現われたる犯罪の客体は、貸金業に関する犯罪行為でないから、何等利用価値のないもので、依然として紙屑に等しきものである。

(2)  本判決の目的となつた犯罪行為は一時掛、日掛、月掛等預金の受入を目的とする業務に関するものである。故に右公文書が預金業務の免許に関するものであるならば、大衆を信用せしむる有力な証左であろうが、貸金業免許の文書では何の役にも立たぬ事前述の通りである。従つて本件の公文書の偽造は成立しない。仮に成立したとしても、之によつて社会に実害を及ぼした犯罪行為と何等の因果関係のないものである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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